「実は私、運転できないの」と2年間送迎していたママ友の息子。だが、ママ友が手のひらを返した瞬間
寝不足の朝に
あの朝のことは、今でもはっきり覚えている。昼も夜も働いていた私は、慢性的な寝不足を抱えていた。
それでも毎日、二人の高校生を乗せて学校まで車を走らせていた。
自分の息子と、同級生の母親の息子。
送迎が私一人の肩にのしかかって、もう二年になろうとしていた。
その日、ハンドルを握る手が、ふっと重くなった。
ほんの一瞬、まぶたが落ちたのだ。車は縁石を越え、溝に片輪を落としてタイヤが大きな音を立てた。
「大丈夫!? 怪我ない?」
慌てて後ろを振り返ると、子どもたちは目を丸くしながらも、無傷だった。私は胸をなで下ろした。
なぜ私が
そもそもの始まりは、二年前にさかのぼる。息子の同級生の母親が、ある日こう言ってきたのだ。
「実は私、運転できないの」
同じ高校に通うのだから、と頼まれて、私は彼女の息子も毎朝乗せるようになった。
私には何の見返りもなかった。お礼の言葉すら、いつからか聞かなくなっていた。
当たり前のように毎朝玄関先で息子を待たせ、私が少しでも遅れると、不機嫌そうな顔を見せることさえあった。
だからこそ、あの事故の後の彼女の態度には、心底驚かされることになる。
運転できるじゃない
事故の直後、私はすぐに彼女へ連絡を入れた。
子どもたちは無事だと、迎えに来てほしいと。
すると返ってきたのは、思いもよらない冷たい声だった。
「あなたの車には乗せたくない」
二年間、頭を下げ続けてきた相手の口から出た言葉とは思えなかった。
私は何も言い返せず、ただ電話を切った。
ところが、本当の驚きは翌日に待っていた。
「乗せたくない」と言った彼女は、翌朝から自分の車で、平然と息子を送り始めたのだ。
あれほど「運転できない」と繰り返していたのに。
送迎の列ですれ違ったとき、彼女ははっと表情をこわばらせ、私から目を逸らした。
それきり、彼女が口を開くことはなかった。
「……できるじゃない、運転」
思わずこぼれた独り言が、不思議と晴れやかだった。
修理代は確かに痛かった。けれど、二年間ずっと胸につかえていたものが、あの一件できれいに流れていったのだ。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














