「天然の塩は違うんだよね」ほぼ味付けなしの焼き鳥を絶賛した男性。だが、厨房にいた私が感じたこと
一皿目を食べた男性が、店長を呼んだ
三十代のころ、副業で焼き鳥屋の厨房に立っていました。
焼き加減や味付けについて希望を言われることは珍しくありません。
「もう少しよく焼いてほしい」「塩を控えめにしてほしい」と言われれば、できる範囲で対応していました。
ある平日の、店内が空いていた時間のことです。若い男性と、連れの女性が来店し、カウンターに並んで座りました。
静かな店内だったので、二人の会話が厨房まで聞こえてきます。男性は焼き鳥の焼き方や塩について、女性にいろいろと話していました。
注文を受けた私は、いつも通り焼き鳥を仕上げました。ところが男性は一口食べると、店長を呼びました。
「食べたあとに舌に塩が残るんだよね。焼き直してもらえる?」
店長が厨房へ戻ってきて、「少し塩辛いみたいだから、塩を減らしてもう一度お願い」と言いました。
私は少し不思議に思いましたが、味の好みは人それぞれです。いつもより塩を控えて二皿目を焼きました。
しかし、それでも男性から「まだ塩が残る」と言われました。
店長は特に言い返すこともなく、「もう一度お作りしますね」と答えました。
三皿目の塩は、ほんのひとつまみ
私は三皿目を焼きました。
今度は、塩をほとんど使いませんでした。指先でほんの少しつまんで振った程度です。焼き上がった串を見ても、塩がついているか分からないほどでした。
これなら逆に「味がしない」と言われるかもしれない。
そう思いながら、焼き上がった串をカウンターへ出しました。
しばらくすると、男性の声が聞こえてきました。
「これだよ。天然の塩はスッと消えるんだよね」
さらに男性は、この店ではどこの塩を使っているのかと店長に聞いていました。
「やっぱり天然の塩じゃないと、こういう感じにならないんだよ」
そう言いながら、隣の女性にも説明しています。
店長は「いつも使っている塩ですよ」とだけ答え、それ以上は何も言いませんでした。
隣の女性が、声を出さずに笑った
私は厨房から、何となく女性のほうを見ました。
それまで静かに男性の話を聞いていた女性が、皿と男性の顔を交互に見ています。
そして少しうつむくと、声を立てずに笑いました。肩だけが小さく揺れていました。
男性はその様子に気づいていないようで、まだ塩について話を続けています。
やがて二人は会計を済ませ、席を立ちました。
男性が先に出口へ向かったあと、女性が一度だけカウンターのほうを振り返りました。
「おいしかったです」
戸口のほうを気にしながら、小さな声でそう言いました。
私は「ありがとうございます」と頭を下げました。
好みは人それぞれですし、味の感じ方も違います。
ただ、男性が「天然の塩はスッと消える」と満足そうに食べていた三皿目に、私がどれくらい塩を振ったのか。
それを知っていたのは、厨房にいた私だけでした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














