「誰かが触ってるのかな」ごみ出しをためらうようになった私。袋の向きが変わっていた理由とは
出すのをやめようと、台所で二回言った
四十代になった今でも、あの集合住宅で暮らしていたころの朝をよく覚えている。
同じ建物には、父と折り合いのよくない女性が住んでいた。
顔を合わせた日の父は、家に戻ってから口数が少なくなることがあった。
ただ、その女性と、このあと起きたごみ袋のことが関係していると分かる出来事は、最後までなかった。
ある朝、父がごみを出して戻ってくると、玄関で一度振り返った。
「今、向こうで何か音がしたんだよな」
「誰かいたの?」
「いや。振り返ったときには、もう誰もいなかった」
父自身も「気にしすぎかな」と言っていた。それでも、その話を聞いてから、私もごみ置き場が妙に気になるようになった。
ある収集日の朝、袋を持ったまま玄関で足が止まった。私は台所にいた母へ声をかけた。
「ねえ、今日は出すのやめようかな」
母が少し驚いた顔をした。
「え?でも、置いておくのも困るでしょう」
「分かってるけど…今日はなんか嫌なの。明日にしたい」
「そんなに気になる?」
「うん。ちょっと怖い」
結局、その日は出さず、翌日に回した。
しばらくして、また同じように足が止まった朝があった。
「今日もやめようかな…」
すると母が、困ったような顔でこちらを見た。
「また?この前もそう言ってたじゃない」
「だって、やっぱり気になるんだもん」
「気持ちは分かるけど、ずっと家に置いておくわけにもいかないよ」
それは私にも分かっていた。
そこで、出すのをやめるのではなく、出す時間を少し変えてみることにした。
袋を出したあと、もう一度見に行くようになった
いつもより早く出す日もあれば、少し遅くする日もあった。
何時ごろ出したのか分からなくならないよう、手帳の端に時刻を書いた。
袋を置くときには、口の結び目を自分のほうへ向けた。大げさな目印ではない。ただ、あとで見たときに、自分が置いた状態を思い出しやすかった。
ある朝、収集される前にもう一度置き場を見に行くと、結び目が横を向いていた。
別の日には、袋が置いた場所より少し奥へ寄っていた。
家に戻ると、私は母に声をかけた。
「ねえ、また動いてた」
「本当に?」
「うん。置いたときは、結び目をこっちに向けたんだよ」
母は少し考えてから言った。
「ほかの人が袋を置くときに、当たったんじゃない?」
「そうなのかな…」
それなら十分ありそうだった。ごみ置き場は私たちだけが使う場所ではない。誰かが新しい袋を置くとき、隣の袋に触れることだってある。
それでも何度か続くと、どうしても気になった。
「今日も少しずれてたよ」
「また?」
「誰かが触ってるのかな」
母はすぐには答えなかった。
「…分からないことを考えすぎても、怖くなるだけだよ」
その言葉を聞いて、私も確かめ続けるのはやめることにした。
誰かが動かしたのか、ほかの袋を置くときにずれただけなのか。それとも別の理由だったのか。結局、最後まで分からなかった。
引っ越しが決まるまでの半年、ごみを出す朝になると、私はつい置き場を気にした。それでも、そこで誰かが袋を触っているところを見たことは一度もなかった。
引っ越しの日の朝、最後のごみを置いた。
荷物を運び終え、車に乗る前に何となく置き場を見ると、うちの袋は少し端へ寄っていた。
「…最後まで分からなかったね」
私が言うと、母も置き場を見た。
「うん。でも、もう行こう」
私はそれ以上確かめず、そのまま車に乗った。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














