「髪、隣の方に当たってますよ」朝の満員電車で身支度を続ける女性。だが、近くの乗客が注意した結果
混んだ車内で、何度も腕に触れてきた
朝の電車は、鞄を持ち直すのにも気を使うほど混んでいました。
私は連結部の近くで手すりにつかまり、降りるまでの十数分をなるべく静かに過ごしていました。
途中の駅で乗ってきた女性が、私のすぐ横に立ちました。まだ少し濡れている髪が肩にかかっていて、電車が揺れるたびに毛先が私の頬に触れます。
「まあ、これくらいは仕方ないか」
そう思っていたのですが、女性は鞄の中を探り始めました。
取り出したのは小さな容器。ふたを開けると、指先に取ったものを頬や額へ塗り始めたのです。
そのたびに腕が大きく動き、手の甲が私の腕に何度も当たりました。
一度なら我慢できます。
でも、また当たる。そのたびに私は少し体を引きました。
前にいた男性も窮屈そうに立ち位置を変え、後ろの人も鞄を胸の前へ抱え直しています。
「すみません、ちょっと…」
そこまで頭には浮かぶのに、声が出ませんでした。
これだけ静かな車内で注意したら、周りの視線まで集まりそうな気がしたのです。
「あの、髪が当たってますよ」
そのとき、女性の反対側に立っていた年上の女性が、遠慮がちに声をかけました。
「あの、すみません。髪、隣の方に当たってますよ」
「えっ?」
女性はきょとんとした顔をしてから、私のほうを見ました。
「あっ…ごめんなさい」
慌てて髪を手でよけましたが、まだ手には開いた容器を持ったままです。
すると年上の女性が、少し困ったように続けました。
「あと、さっきから腕も当たってるみたいで。今日はかなり混んでるから……」
女性は一瞬黙り、今度は自分の腕と私との距離を見ました。
「あ…本当ですね。ごめんなさい。全然気づいてなくて」
その声は、言い訳をするというより、本当に今気づいたような響きでした。
「大丈夫です」
私もようやく、それだけ返しました。
女性はすぐに容器のふたを閉めて鞄へしまい、髪も後ろでひとつにまとめました。それからは腕を体の前に寄せ、窓のほうを向いて静かに立っていました。
誰かが怒鳴ったわけでも、言い争いになったわけでもありません。それでも、さっきまで感じていた窮屈さはなくなりました。
その夜、母に朝の出来事を話しました。
「私、何も言えなかったんだよね。嫌だなとは思ってたのに」
すると母は少し考えてから言いました。
「でも、その人も言われて気づいたんでしょう?最初からわざとだったわけじゃないんじゃない」
「うん。注意されたら、すぐやめてた」
「じゃあ、ちゃんと伝わってよかったね。言い方も上手だったんだろうね」
強く責めなくても、困っていることは伝えられる。
次に同じような場面に出会ったら、私もあの女性のように、落ち着いてひと言伝えられたらと思った朝でした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた20代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














