「毎晩ドンドン。マット代7千円よ」ありもしない足音で、古いマットを売りつける真下の住人。私の一言で固まった顔
土曜の夕方、アパートの外階段で
階段の上で待っていた、真下の部屋の女性に呼び止められました
「さっきから、階段がうるさいわ。」
3月の土曜の夕方、古いアパートの外階段でした。
手伝いに来た中学生の姪と2人で、2階の端の部屋へ荷物を運び上げているところです。
姪が私の車から次の荷物を下ろすあいだに、私は窓を開けに、手ぶらで先に上がりました。
階段の上から呼び止めたのは、丸めたマットを抱えた50代くらいの女性です。
「すみません、荷物が多くて。」
足音が響いていたのは本当です。私は階段の途中で、軍手の両手を合わせました。
毎晩0時すぎに上から音がすると、女性は言いました
上がりきると、女性が目の前まで来ました。私の部屋の真下に住む人だそうです。
「毎晩0時すぎ、上からドンドン。」
「天井が鳴るのよ。」
何のことか分からないまま、私はきょうの足音を謝りました。上の音に、悩んできた人なのかもしれません。
女性は、マット代7千円を払うよう私に言いました
女性は、端のすり切れたマットを私の胸もとへ突き出しました。
「毎晩ドンドン。マット代7千円よ。」
「払わないなら、大家さんに言うわ。」
これを敷いて静かに歩いて、という頼みにも聞こえました。
この先も真下に住む人と、もめたくはありません。きょうの足音には、負い目もあります。毎晩の音を聞いたと言えるのは、女性だけです。
私は、パーカーのポケットの財布に手をのばしかけました。
「払わないなら、大家さんに言うわ」
この1週間の私の足音だと、女性は言い切りました
「先週から、あなたが入ってた。」
「この1週間の、あなたの足音よ。」
私のうしろから、洗濯かごを抱えた姪が階段を上がってきて、女性の横で足を止めました。
ポケットへのばしかけた手が、止まりました。この1週間の足音を、女性は私のものだと言っているのです。
私がこの部屋に越してきたのは、きょうの昼だと伝えました
私は、部屋の前に積んだ段ボールの山の、いちばん上の箱に片手を当てました。
「越してきたのは、きょうの昼です。」
段ボールはどれもテープを貼ったまま、いちばん上の布団袋も口をしばったまま。布団は、まだ袋の中です。
私はこの1週間、一度もこの部屋に泊まっていません。ゆうべまで、隣の町の実家にいました。
先週出入りしていたのは、昼間の掃除の業者さんです。契約のとき、不動産屋さんで聞きました。
女性は、マットを抱えたまま段ボールの山を見ました。
女性は手すりをつかんだまま、固まった顔をしていました
「ゆうべは、いたんでしょ!」
「昼に大家さんから、鍵をもらいました。」
女性が持ち出した大家さんこそ、私に鍵を渡した人でした。
女性は両手で手すりをつかみ、そのはずみで、腕に抱えていたマットが手すりの外へほどけて垂れ下がりました。階段を上がりきった姪も、私のそばでかごを抱えたまま女性を見ています。
女性の口から、悔しまぎれの言葉がこぼれました。『……きょうのは、残りの荷物だと思ってた。前の人は、7千円で黙って買ったのに』
女性は手すりをつかんだまま、顔をこわばらせていました。
※本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














