「わたし、ちゃんと持ててる?」ビュッフェで立ち止まった女の子に、宿の人がかけた言葉
汁物の鍋の前で、列が止まっていた
家族で泊まった宿の夕食は、広間でのビュッフェだった。
カップルや友達同士のグループでにぎわうなか、私は汁物の鍋の前で自分の番を待っていた。
前にいたのは、赤ちゃんを抱いた母親と、その後ろを歩く女の子だった。女の子はお盆に皿をのせ、台を滑らせながらきちんとついていっていた。
困ったのは、ご飯と汁物の手前だった。
そこで台が切れていて、この先へ進むにはお盆を腕で持ち上げるしかない。
女の子の腕では、ほとんど浮かせられなかった。
持ち上げようとしては下ろし、また握り直す。
そのたびに皿がかたかたと鳴り、うしろの人が少しずつ増えていった。
「大丈夫?落とさないでね」
少し先にいた母親が振り返った。
「もうちょっとだけ持てる?」
女の子は返事をせず、お盆の端をぎゅっと握っていた。
「ごめんね、今そっち行けないから…ゆっくりでいいよ」
母親は赤ちゃんを抱いたままで、戻って女の子のお盆まで持つのは難しそうだった。声にも、急かしたいというより、どうにもできず焦っている感じがにじんでいた。
そこへ、父親らしい人が甘味の台のほうから歩いてきた。
手伝うのだろうと思って見ていると、父親は母親のほうを見て言った。
「フルーツ、いる?」
「うん、お願い」
続けて、女の子にも声をかけた。
「フルーツ、いる?」
女の子はお盆から目を離さないまま、小さく答えた。
「…いる」
父親は「わかった」とだけ言うと、そのまま甘味の台のほうへ戻っていった。
結局、お盆を運んだのは宿の人だった
ちょうどそのとき、鍋を取り替えに来た宿の人が女の子に気づき、ワゴンを止めた。
「大丈夫?これ、重いよね」
女の子は少し迷ってから、うなずいた。
「…重い」
「そっか。じゃあ一緒に持とうか。こっちを持つから、そっちはお願いできる?」
「うん」
二人でお盆を持ち上げ、そのまま席までゆっくり運んでいった。女の子の顔が、そこでようやく少しゆるんだのが遠目にも分かった。
「わたし、ちゃんと持ててる?」
「持ててるよ。上手、上手。そのままゆっくりね」
席に着くころ、父親も女の子のフルーツを載せた皿を持って戻ってきた。
宿の人はお盆を置くと、母親たちに穏やかに声をかけた。
「こういうときは、遠慮なく呼んでくださいね。お盆はこちらで運びますから」
母親はほっとしたように息をつき、頭を下げた。
「すみません。助かりました。ありがとうございます」
「いえいえ。赤ちゃんを抱っこしてると大変ですよね」
父親は女の子の前にフルーツの皿を置きながら、少し気まずそうに言った。
「俺、気づかなかったわ。ごめん」
母親は小さく「うん」とだけ返した。
そのあと父親は、自分の料理を取りにもう一度列の最後尾へ並びに行った。
私が席に戻ると、夫が向こうの様子を見ながら聞いてきた。
「何かあったの?」
私はさっき見たことを、そのまま話した。
「ああ…気づかなかったんだな」
「たぶんね。結局、宿の人が席まで運んでた」
広間の入口では、さっきの宿の人が今度は別の子どものお盆に手を添えていた。
「重かったら呼んでね。持っていくから」
「はーい」
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














