「あの子の揚げ物、育ちが出てるわよね」と義母の嫌味に夫も同調。だが、我慢出来ずに車で帰った結果
灼熱の台所と、涼しいリビング
お盆の義実家に着くと、私はいつも通りまっすぐ台所へ向かいました。十数人分の料理を仕込み、皿を洗い続けるのは、毎年決まって私一人の仕事です。
リビングではクーラーがきいて、義母も義姉もビールを傾けながら笑っています。一方の台所には冷房がなく、コンロの熱と外の暑さで、汗が止まりませんでした。
料理を運ぶついでに、夫の耳元でそっとお願いしてみました。
「お皿だけでも、運ぶの手伝ってくれない?」
「年に一度くらい愛想よくやってよ」
夫は面倒くさそうに言い捨て、また義母たちの輪に戻っていきます。私は黙って、揚げ物の前へ戻りました。
エプロンを叩きつけた一言
天ぷらを揚げていると、リビングから義母の声が響きました。親戚を笑わせるための、私への当てつけです。
「あの子の揚げ物、育ちが出てるわよね」
「衣が分厚くて油っぽいの」
その隣で、夫まで一緒になって笑い声を上げました。
「実家で料理してこなかったんだから、母さん鍛えてやって」
私はコンロの火を一つずつ消しました。そしてエプロンをほどき、リビングの真ん中に叩きつけたのです。バサッという音に、全員が言葉を失いました。
義母のグラスが止まり、義姉が「ちょっと」と言いかけて飲み込みます。私はあえて笑顔で頭を下げました。
「私の育ちが悪くて、申し訳ありませんでした」
顔を上げて、ぐるりと見回します。誰も私の目を見返せませんでした。
「これからは皆様ご自身で、最高のおもてなし料理を作って召し上がってください」
親戚の一人が小さく「あらまあ」とつぶやき、場の空気が一気に私の側へ傾いたのが分かりました。
置き去りにされた夫の末路
荷物を抱えて玄関を出ると、夫が血相を変えて追ってきました。私はキーを握ったまま、振り返って言いました。
「車は私が運転してきたので電車でどうぞ」
そのまま実家へ車を走らせ、鳴り続ける着信はすべて無視しました。後で知ったのですが、私が去ったあとの義実家は地獄だったそうです。
大量の油と生ゴミ、十数人分の皿を誰が片づけるかで、義母と義姉が本気の喧嘩を始めたのです。「あなたが招いた客でしょう」と罵り合い、お盆は最悪の空気のまま打ち切られました。
夫はというと、親戚中に「嫁に置いていかれた情けない男」と笑われ続け、すっかり立場を失いました。
あれだけ私を見下していた義母も、親戚の前で恥をかいたのが相当こたえたようです。
今では夫は私の機嫌をうかがい、頼まなくても皿を洗い、台所にも立ちます。義母は私と会うと気まずそうにうつむくだけ。あの台所を飛び出した日を思うと、今でも胸がすきます。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














