「香典は数千円が、このあたりの相場だ」受付で袋を開けていった私。だが、袋に入っていた金額に感じた違和感とは
相場は数千円だと教わった
通夜の2時間前に、親戚の家へ着きました。台所は湯気と人の声でいっぱいで、女性たちが折詰を並べています。
「お茶出しは足りとるから、あんたは玄関な」
年長の伯父に言われて、受付の長机に座りました。硯と筆ペン、芳名帳、袋を入れる木の箱。手順の説明は一分もかかりません。
「香典は数千円が、このあたりの相場だ」
「結婚式のご祝儀とは、だいぶ違うんですね」
「あれとは意味が違う。無理のない額で、義理を通すもんだ」
伯父はそう言って、奥の座敷へ入っていきました。
顔も名前も分からないまま
訪れる人の顔は、ほとんど分かりませんでした。付き合いがあったのは親の代までです。
私は名前を書いてもらい、袋を預かり、頭を下げることを繰り返していました。
「どちらのお子さんかね」
「東京の、次男の息子です」
「ああ、あの子か。大きなったねえ」
受付には、私ひとりしか座っていません。
列が途切れないので、名前を聞き返す余裕もありませんでした。芳名帳に並ぶ字は、どれも右上がりに大きく、鉛筆で薄く書かれたものも混じっています。
そう言って笑った人の袋も、木の箱に入っていきます。
葬儀が終わって、その箱を抱えて帳場へ運びました。金額を帳面に書き写すところまでが、受付を任された人間の役目でした。
遺影を見られなかった夜
3000円、5000円、1万円。数えるうちに、厚みのない袋で指が止まりました。逆さにすると、100円玉と10円玉が畳の上に散らばります。集めて数えて、320円。同じような袋が、あと二つありました。
「……これ、そのまま書くんですか」
襖を開けて顔を出した伯父に、私は帳面を向けました。伯父は金額の欄を上から下まで目で追ってから、短く言いました。
「そのままでええ」
「はい」
「歳を取るとな、袋を用意するだけで精一杯になる。それでも来るんだ」
襖が閉まって、座敷には私ひとりが残りました。名前の横に書いた320円という字が、いやに濃く見えます。
祭壇の遺影は、少し首をかしげて笑っていました。見上げようとして、私は目を落としました。その夜は、どうしてもその笑顔と目を合わせられません。
帳面を閉じて、線香を一本だけ立ててから、座敷の電気を消しました。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、50代・男性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














