「運転できないなら歩いて行け!」39度の妻子を病院に送る車を使おうとする義父。だが、夫の一言で状況が一変
高熱の朝に鳴ったインターホン
その朝、私と息子は同時に39度を超える熱を出していました。
体は鉛のように重く、息子を連れて一人で病院へ行くなんて、とても考えられません。
「送り迎えだけ頼める?」
夫が車のカギを取り、二人を病院へ連れて行こうとした矢先、インターホンが鳴りました。
立っていたのは義父でした。買い物に付き合えという用件は、いつも前触れなくやってきます。
「これから買い物だ、車を出せ」
事情を説明する夫を遮るように、義父は言い放ちました。私が高熱で寝込んでいることも、息子が苦しそうにしていることも、まるで目に入っていないようでした。
「嫁が子どもを連れて行けばいいだろう。運転できないなら歩いて行け!」
繰り返されてきた身勝手
義父は昔から、予定を立てるという感覚が薄い人でした。家族の予定があっても、当日の朝に突然夫を呼びつけます。
「今日、手伝いに来い」
夫が何日か前に教えてほしいと頼んでも、返ってくるのは決まった一言でした。
「俺の言うことが聞けないのか!」
そのたびに私たちの予定は崩れ、夫は板挟みで疲れ切っていました。それでも親だからと、夫はずっと飲み込んできたのです。けれど高熱の妻子を歩かせろという言葉は、さすがに看過できませんでした。
夫が守ってくれた朝
玄関先で、夫が静かに、しかしはっきりと言いました。
「父さんは元気だけど、妻と子どもは39度を超える熱がある。どちらが自力で動けるかは、明らかでしょう」
義父の表情がこわばりました。何か言いかけて、けれど言葉にならず、ただ立ち尽くしています。
「父さんよりも、自分の家族を守りたい」
義父は何か言い返そうとしましたが、言葉が出てこない様子でした。
顔を真っ赤にして、最後は逃げるように帰っていきました。
けれど、その横柄さには周りもとっくに気づいていたようです。親戚や近所の人から「言いすぎだ」と注意されることが増え、義父も少しずつ態度を改めていきました。いつしか義父は、何日か前に「都合はどうだ」と確認してくるようになったのです。
今では私たちと顔を合わせると、どこか決まり悪そうに目をそらします。あの朝、夫が迷わず私たちを選んでくれたこと。その背中を、私は今でもはっきり覚えています。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














