「ちょっと、においが強いみたいです」車内でスプレーを使っていた女性。だが、近くの女性の行動で状況が一変
においますよ、と3列先の人が窓を1つ開けた
夕方の車内で、ひとつだけ空いていた席に座った。
すぐあとに隣へ来たのは同い年くらいの女性で、膝に大きな手提げを抱えていた。
私は本を開いて、降りるまでの時間を過ごすつもりだった。
最初に聞こえたのは、包装をはがす音だった。隣でおにぎりが開けられ、においが本のページの上まで届いてくる。
「あ、ここで食べるんだ…」
後ろの席から、小さな声が聞こえた。誰かに聞かせるというより、思わず口から出たような声だった。
私も少し気になったが、そのまま本へ目を戻した。
食べ終わると、女性は手提げから鏡とポーチを出した。膝の上に道具を並べ、揺れに合わせて手を止めながら、そのまま化粧を続けていく。
私は本を読もうとしたが、なかなか内容が頭に入ってこなかった。
そのうち、かしゃかしゃと軽い音が始まった。女性が缶を手にして振っている。
次の瞬間、甘い匂いが座席のあいだに広がった。通路の向こうにいた人が顔を上げる。
「うわ、けっこうにおうね」
「うん…ちょっときついかも」
近くでそんな声が交わされた。それでも、本人に直接声をかける人はいなかった。
私も何か言ったほうがいいのかと思った。ただ、すぐ隣にいるだけに、どう切り出せばいいのか分からない。結局、鞄の持ち手を握り直しただけだった。
車内で化粧を続けていた人が、手をぴたりと止めた瞬間
そのとき、近くに座っていた年上の女性が立ち上がった。
近くの窓を少し開けると、冷たい風が車内へ流れ込んでくる。何人かが顔を上げた。
年上の女性は窓のそばに立ったまま、こちらへ顔を向けた。怒っているというより、少し困ったような表情だった。
「すみません。ちょっと、においが強いみたいです」
隣の女性の手がぴたりと止まった。持ち上げかけていた缶を見て、それから周囲を見回した。
「えっ…私ですか?」
「たぶん、そのスプレーだと思います。少し風を通しますね」
隣の女性は一瞬驚いたような顔をしたあと、缶を膝へ下ろした。
「あ…すみません。そんなににおってると思わなくて」
「ありがとうございます。少し風を通せば大丈夫だと思います」
年上の女性はそれ以上何も言わず、そのまま自分の席へ戻った。
隣の女性は缶を手提げの中へしまった。少し間を置いてから、鏡とポーチも順番に片づけていく。
さっきまで膝の上に並んでいたものが、一つずつ見えなくなった。
車内にはまだ甘い匂いが残っていたが、開いた窓から入ってくる風で少しずつ薄くなっていった。
次の駅で扉が開くと、隣の女性は手提げを抱えて立ち上がり、そのままホームへ降りていった。振り返ることはなかった。
後ろの席から聞こえていた話し声も、いつの間にか止まっていた。
年上の女性も、もうこちらを見ることはなかった。誰かが責めるような言葉を重ねることもなく、車内はまた元の静けさに戻っていった。
私はしばらく本を開かず、窓から入ってくる風を感じていた。
強く責めるのではなく、困っていることだけを伝える。その短いやり取りだけで、その場の空気が変わったことが印象に残っている。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた20代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














