「音だけ小さくしてもらえる?」昼休みの定食屋で響くスマホ動画。翌週、増えていた小さな張り紙
昼休みの店内に響いた動画の音
数年前の話です。昼休みに、会社の近くにある昔ながらの定食屋へ入りました。
店内はそれほど広くなく、カウンター席と小さなテーブル席がいくつかある程度。昼どきだったこともあり、ほとんどの席が埋まっていました。
僕が案内されたのは、カウンターの端から二番目の席です。
「生姜焼き定食お願いします」
「はいよ。ちょっと待っててね」
店をひとりで切り盛りしている女将さんが注文を受け、厨房へ戻っていきました。
その直後、隣に座っていた60歳くらいの男性がスマートフォンを取り出しました。
画面を横向きにすると、動画の音がそのまま店内に流れ始めます。
最初は短い動画なのだろうと思っていました。
ところが一本終わると、男性は指で画面を動かし、そのまま次の動画を再生しました。
さらにもう一本。
笑い声や派手な効果音が、食器の音に混じってカウンターに響きます。
僕の生姜焼きが運ばれてきても、音量は変わりませんでした。
さすがに気になりましたが、わざわざ隣の客に注意するのも気が重く、僕は黙って箸を取りました。
「悪いんだけど、音だけ小さくしてもらえる?」
すると、料理を運び終えた女将さんが男性の近くで足を止めました。
「お客さん、ちょっといい?」
男性が画面から顔を上げます。
「ん?」
「悪いんだけど、音だけもう少し小さくしてもらえる?」
男性は少し意外そうな顔をしました。
「そんなに大きい?」
「うん、ほかのお客さんにも結構聞こえてるんだ」
女将さんは責めるような言い方ではありませんでした。
男性はスマートフォンを見てから、周囲をちらっと見回します。
「ああ……そう」
そして音量を下げました。
ところが数分後、別の動画を開いた拍子に、また大きな音が流れました。
男性自身も驚いたようで、すぐに音量ボタンへ手を伸ばします。
それを見た女将さんが、カウンターの向こうから笑いました。
「そうそう、そのくらいなら大丈夫」
男性も少し照れたように、
「はいはい、分かったよ」
と返しました。
店内が急に静まり返ったわけではありません。食器の音も、客同士の会話もあります。
それでも、さっきまで耳に入り続けていた動画の音が小さくなっただけで、ずいぶん落ち着いて食事ができました。
翌週、カウンターに増えていたもの
その日の夜、妻と夕食を食べているとき、昼の出来事を話しました。
「隣の人がずっと動画を流しててさ」
「イヤホンなしで?」
「うん。俺もどうしようかなと思ってたら、女将さんが言ってくれた」
妻は少し笑いました。
「本人は、そんなに聞こえてるって気づいてなかったのかもね」
言われてみれば、男性も注意されたとき、本気で驚いたような顔をしていました。
翌週、また同じ店へ昼飯を食べに行きました。
カウンターに座ると、以前はなかった小さな手書きの紙が置かれています。
店内で動画などを見る際は、音量を控えるかイヤホンを使ってほしい。そんな内容でした。
会計のとき、僕は女将さんに聞きました。
「これ、最近置いたんですか?」
女将さんは紙を見て、「ああ、それね」とうなずきました。
「毎回言うのもお互い気まずいからね。最初から書いておこうと思って」
「そのほうが分かりやすいですね」
「本人は平気でも、意外と隣まで聞こえてることあるからね」
そう言うと、女将さんは次のお客さんに「はい、いらっしゃい」と声をかけました。
誰かを強く叱るのではなく、その場では短くお願いし、あとから店の決まりとして分かるようにする。
カウンターに置かれた小さな張り紙を見ながら、こういう伝え方なら余計な揉め事にもなりにくいのだろうなと思った出来事です。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














