「子どもはまだなの?」正月の集まりで何度も聞いてくる親戚。だが、夫が庇ってくれた結果
その話はやめましょう、と2度だけ言われた
結婚して初めての正月に、夫の実家へ行った。畳の間に長机を二つ並べ、朝から親戚が集まってくる。私は名前を覚えきれないまま、湯呑みを配って回っていた。
座布団の数を確かめると、親戚は10人だった。
上座には義母の姉がいて、その正面に私が座ることになった。重箱が開き、しばらくは天気と道の混み具合の話が続いた。
話が私のほうへ向いたのは、雑煮の椀が下げられたころだった。
「あなたたち、まだ子どもはできないの」
「はは、まだですね」
笑ってかわしたつもりだった。けれど同じ質問はそのあとも来て、数えると3度になった。
合間には、若いうちがいいよ、早く孫を見せてあげないとね、という言葉が挟まる。
誰も止めなかった。皆、箸を動かしながら聞いている。悪気はないのだと思う。
ただ、その場で私が返せる言葉は、どこにも見当たらなかった。
畳に置いた手が汗ばんできたころ、隣の夫が箸を置いた。
「うちのことは、うちで決めます」
それだけだった。責める調子はなく、言い直しもしなかった。
座敷の空気が変わるまでに誰かが置いた、短い一声
座敷から音が消えた。義母の姉は何か言いかけて、湯呑みを持ち上げたまま止まった。
誰も助け舟を出さない時間が、十秒ほど続いたと思う。
その沈黙を割ったのは、下座にいた親戚の一人だった。
「その話はやめましょう」
強い声ではなかった。皿を回しながらの、世間話と同じ調子だった。
「そうよね。その話はやめましょう」
「せっかくのお正月だもの、その話はやめましょう」
「…はいはい。分かりましたよ」
義母の姉が笑って手を振り、みかんの箱をこちらへ押した。
それで場が戻った。誰かがテレビの音量を上げ、駅伝の中継が映る。順位を読み上げる声が重なり、私の前の皿にみかんが二つ置かれた。
台所で洗い物をしていると、さっきの親戚が布巾を持って入ってきた。
「あれね、うちの席では毎年出るのよ。誰かが止めればいいだけ」
「助かりました」
「ご主人が先に言ったからよ。私はあとから乗っただけ」
翌年の正月も、同じ座敷に10人が集まった。重箱が回り、駅伝が流れ、みかんの皮が皿にたまっていく。あの質問は、それきり一度も出ていない。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














