「食べきれないからどうぞ」断れず受け取り続けた手作り品→ゴミの収集日を境に二度と来なくなったワケ
受け取るたびに困っていた
夕方になると、決まって玄関のチャイムが鳴った。立っているのは、料理好きの隣人だ。
「食べきれないからどうぞ」
手のひらに乗せられるのは、いつも火を通さずに食べる手作り品だった。
漬物だったり、和え物だったりする。市販のものなら気にならない。でも、加熱しないものを口にするのは、衛生面でどうしても抵抗があった。
「すみません、いつもいただいて」
「いいのいいの、たくさんあるから」
断る言葉が、喉まで出かかっては引っ込む。すぐ隣に住んでいる相手だ。要らないと言って気まずくなれば、この先ずっと顔を合わせづらくなる。結局その日も、私は笑顔でタッパーを受け取ってしまった。
「ありがとうございます。大切にいただきますね」
そう言いながら、心の中ではもう、これをどう処分しようかと考えていた。
罪悪感をのみ込んで
いただいたものは、いつもゴミの日にそっと出していた。
袋の口を結ぶたびに、手が止まる。
せっかくの厚意を、口もつけずに捨てている。もらっておいて捨てるなんて、ひどい人間だと自分でも思う。その後ろめたさが、収集日のたびに胸を重くした。
「正直に言えたら、こんな気持ちにならないのにね」
「次は、いただく前に断ってみたら?」
「それができたら苦労しないよ。あの笑顔の前で、要らないなんて言えると思う?」
夫に相談しても、答えは見つからなかった。あの人は悪気があるわけじゃない。むしろ親切で言ってくれている。だからこそ、要らないとは言い出せなかった。傷つけるくらいなら、自分が黙って抱え込むほうがいい。
そう思って、私は何ヶ月もこの気まずさを一人でのみ込み続けていた。
チャイムが鳴らなくなった夕方
状況が変わったのは、私が何かをしたからではなかった。
後から知った話だ。ある収集日、その隣人が集積所で足を止めたらしい。誰かが出したゴミ袋の中に、自分があげたのと同じような手作り品が、手つかずのまま見えていたという。
それが私の袋だったのかは分からない。きっと違う住人のものだ。それでも、自分の料理が誰かに食べられないまま捨てられていた。その事実は、その人にとってよほどショックだったのだろう。
あの日を境に、夕方のチャイムはぴたりと止まった。
道ですれ違えば、相手は今までと変わらない笑顔を向けてくれる。
「あら、お出かけ?」
「ちょっとそこまで」
ただ、もうタッパーが差し出されることはない。誰も誰かを責めることなく、あの重たいやり取りだけがするりと消えていた。
ゴミ袋の口で手をためらうことも、なくなった。玄関のチャイムに身構えなくなった夕方、私はようやく、ひとつ深く息を吐けた気がした。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














