叔父「去年はうちが多めに包んだぞ」法事の精算で蒸し返された負担→親戚一同が黙り込んだ気まずい食卓
費用の精算で空気が変わった
祖母の法事を終え、親戚一同でお斎の席についていた時のことです。料理代やお布施の精算という話題が出るまでは、穏やかな集まりでした。
誰がいくら負担するか。その確認が始まった途端、最初に過去の話を持ち出したのは叔父でした。
「去年はうちが多めに包んだぞ」
その一言で、それまでの和やかな空気が止まりました。負けじと、向かいに座っていた親戚も声を上げます。
「だったら、お盆の法要のときに立て替えたのは誰だと思ってるの」
過去にさかのぼった負担の蒸し返しが、次々と飛び交い始めました。
黙り込んだ食卓
困ったことに、誰の言い分にもそれなりの理屈がありました。だから誰一人として、自分から引こうとはしません。
金額の多い少ないより、「自分ばかり損をしている」という思いがぶつかっているようでした。身内という気安さが、かえって遠慮のなさにつながっていきます。
私は配偶者の側として加わっていたので、口を出せる立場ではありませんでした。
せっかく用意された料理が、誰の口にも運ばれないまま冷めていきます。ただ、お膳をじっと見ているしかありません。
言い争いがひと段落すると、座敷にはなんとも言えない沈黙が落ちました。親戚一同が黙り込んだまま、誰も箸を進めようとしません。
結局その日は結論が出ず、後味の悪いまま解散となりました。帰り際の挨拶までぎこちなくなっていたのが、なんとも切なかったです。
取り決めはできたけれど
それから数日後、叔父を中心に話し合いの場が持たれ、次回からの負担のルールが決まりました。費用は人数で等分し、記録も残すという内容です。
仕組みができたことで、今後同じもめ方をする心配はなくなりました。連絡を受けて、ようやく一息つけた気がします。
ただ、あの日の食卓に流れた気まずさは、ルールができても帳消しにはなりませんでした。身内だからと油断していた自分も、どこか情けなく感じます。
お金の取り決めは、もめる前にこそしておくべきだったのだと、今になって思います。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














