「ずっと練習してたんです」半年前に帰国した親子と再会。だが、思わず私が後悔したこととは
園の行事の日、半年前に国へ帰ったはずの親子が顔を出した
園の行事の日、入り口の近くで見覚えのある親子を見つけました。
息子と同じクラスにいた、外国から来た子とそのお母さんでした。
その子は期間限定で園に通い、半年ほどで国へ帰っています。それからさらに半年ほどたっていましたが、日本を訪れる機会があり、以前通っていた園にも立ち寄ったようでした。
息子が私の袖を引き、小さな声で言いました。
「ママ、あの子だよ」
私は懐かしいと思う一方で、少しだけ身構えてしまいました。
家が近かったので、その子が通園していたころは、園のあとに公園で一緒に遊ぶことが何度かありました。まだ日本語に慣れていなかったその子に、私は学生時代に習った英語を思い出しながら話しかけていました。
とはいっても、きれいな文章が出てくるわけではありません。単語を並べたり、身ぶりを交えたりする程度です。
本当に通じているのか自信がなく、話しかけるたびに少し恥ずかしさもありました。
そんなある日、その子のお母さんに笑いながら言われました。
「公園でがんばって話してたね。英語わかるんだ」
悪気はなかったのだと思います。ただ、自分のぎこちない英語を見られていたことが急に恥ずかしくなってしまいました。
それから帰国するまで、以前ほど積極的に話しかけられなくなりました。公園へ行っても、息子たちが遊ぶ姿を少し離れたところから見ていることが増えていました。
だから、久しぶりに会ったその子がこちらへ走ってくるのを見て、どんな顔をすればいいのか少し迷いました。
その子は私の前で止まると、まっすぐ顔を見上げました。
「こんにちは、公園であそんでくれてありがとう」
話しかけるのをやめた時間が、少しもったいなく思えた
ゆっくりでしたが、はっきりした日本語でした。
私は驚いて、その子の顔を見つめました。わざわざ覚えてきてくれたのだろうか。そう思うと、すぐには言葉が出てきませんでした。
しゃがんで目の高さを合わせ、ようやく返せたのは短い一言でした。
「また遊ぼうね」
その子は大きくうなずき、息子のところへ走っていきました。二人はすぐに、言葉の違いなど気にしていないように遊び始めました。
少し遅れて近くに来たお母さんが、子どもたちを見ながら言いました。
「ずっと練習してたんです」
以前のような軽い調子ではなく、うれしそうな声でした。
その言葉を聞いて、私はようやく、あのころ自分が話していたことを思い出しました。文法も発音も自信がなく、ちゃんと届いているとは思えなかった言葉です。
それでも、その子の中には公園で一緒に過ごした時間が残っていたのかもしれません。
帰国までのあいだ、恥ずかしさから話しかけるのをためらっていたことが、少しもったいなく思えました。
それ以来、言葉がうまく通じるか分からない相手でも、まずは挨拶だけでもしてみようと思うようになりました。完璧に話せなくても、伝わるものはあるのだと感じた出来事です。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














