tend Editorial Team

2026.08.29(Sat)

「なんで今日それを選んだ」祖父の葬儀の日。だが、妹が喪服の下に履いていた派手なズボンに驚いたワケ

「なんで今日それを選んだ」祖父の葬儀の日。だが、妹が喪服の下に履いていた派手なズボンに驚いたワケ

狭い居間に、家族が全員集まってきた

祖父を送った日のことだ。家族の誰もが口数を減らしていて、朝の家の中はやけに静かだった。玄関を出るとき、妹だけが一度立ち止まってこう言った。

「今日だけはちゃんとした格好で行く」

そのとおりの一日だった。式のあいだ、妹はずっと真面目な顔をしていたし、誰よりもきちんと立っていた。帰り道もほとんど誰もしゃべらなかった。

だから家に帰って着替えはじめたときも、私は妹のことなんて気にしていなかった。居間を通りかかった妹を見て、母が先に気づいた。

「ちょっと待って、そのズボンは何」

喪服を脱いだ下から、七福神が大きく描かれた派手な柄のズボンが出てきた。重ねてはいていたらしい。

金色や赤が使われていて、居間の照明の下でもよく目立った。福の神が七人、そろって笑っていた。

母の声を聞きつけて、父が来た。伯母が来た。台所にいた人まで出てきた。

狭い居間に家族が全員集まって、妹をぐるりと囲んだ。着替えの途中の格好のまま、みんなが妹の前に並んだ。

「なんで今日それを選んだ」

「そんなことする」

口々に言われても、妹は囲まれたまま、少しも動じなかった。

困った顔ひとつしない。それどころか、胸を張って言い返した。

「たまたま1番上にあったから、縁起がいいでしょう」

その夜、はじめて祖父の話が出た

誰も返す言葉を持っていなかった。反論しようとして、みんな途中で止まった。言われてみれば、七福神はたしかに縁起物だ。

父がようやく口を開いた。

「いや、そういう日じゃないだろう」

ところが、そこまで言って父のほうが先に吹き出した。つられて、みんなが笑いはじめた。母は笑いながら、目のふちを指で拭いていた。

笑っているのか、そうでないのか、たぶん本人にも分かっていなかったと思う。ひとしきり笑ったあとで、伯母が言った。

「おじいちゃん、これ見たら喜ぶわ」

それでまた、全員が笑った。誰かが笑うと、また別の誰かが笑い出した。妹は最後まで、悪いことをしたという顔をしなかった。

その夜になって、はじめて祖父の話が出た。祖父も派手なものが好きな人だった。若いころに着ていた服の話、旅行先で買ってきた土産の話。どれも、笑いながらでないと出てこない話だった。朝からずっと、誰も祖父の話をしていなかったのだと、そこで気づいた。

法事のたびに、誰かがあの日の話を持ち出す。妹は毎回、同じ顔で「縁起がいいでしょう」と言う。

悲しい一日だったはずだ。それなのに、その日のことでいちばんよく思い出すのが笑った場面なのは、妹のおかげだと思っている。


※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた20代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

RANKING

OTHER ARTICLES

NEW 2026.10.21(Wed)

「最近ちょっとお金、使いすぎじゃない?」自分ばかり生活費を払っていると思っていた。だが、恋人のレシートを前に黙りこんだワ...
tend Editorial Team

NEW 2026.10.21(Wed)

「次やったら、部屋の更新はしないから」燃えないゴミを新入りの私が出したと決めつける大家。見てたはずが自滅
tend Editorial Team

NEW 2026.10.21(Wed)

「私が先に並んでいたんですけど」スーパーのレジ前で言い合うふたり。だが、冷静だった私が最後に赤面した理由
tend Editorial Team

RECOMMEND

2025.09.11(Thu)

井上咲楽、意外な特技が判明!?「皮むくの、上手っ!」とファン驚愕。キッチンで梨を剥く華麗なナイフさばきがこちら。
tend Editorial Team

2025.08.25(Mon)

群馬本気出しすぎ…ボロボロに見える県境看板の真相に「ほんとに秘境だったんだ」の声
tend Editorial Team

2026.06.26(Fri)

包丁を使わない「キャンセル調理」に違和感の声も?効率化の裏で語られる日本の伝統的な食文化と手間が持つ本来の豊かな価値
tend Editorial Team