「なんで今日それを選んだ」祖父の葬儀の日。だが、妹が喪服の下に履いていた派手なズボンに驚いたワケ
狭い居間に、家族が全員集まってきた
祖父を送った日のことだ。家族の誰もが口数を減らしていて、朝の家の中はやけに静かだった。玄関を出るとき、妹だけが一度立ち止まってこう言った。
「今日だけはちゃんとした格好で行く」
そのとおりの一日だった。式のあいだ、妹はずっと真面目な顔をしていたし、誰よりもきちんと立っていた。帰り道もほとんど誰もしゃべらなかった。
だから家に帰って着替えはじめたときも、私は妹のことなんて気にしていなかった。居間を通りかかった妹を見て、母が先に気づいた。
「ちょっと待って、そのズボンは何」
喪服を脱いだ下から、七福神が大きく描かれた派手な柄のズボンが出てきた。重ねてはいていたらしい。
金色や赤が使われていて、居間の照明の下でもよく目立った。福の神が七人、そろって笑っていた。
母の声を聞きつけて、父が来た。伯母が来た。台所にいた人まで出てきた。
狭い居間に家族が全員集まって、妹をぐるりと囲んだ。着替えの途中の格好のまま、みんなが妹の前に並んだ。
「なんで今日それを選んだ」
「そんなことする」
口々に言われても、妹は囲まれたまま、少しも動じなかった。
困った顔ひとつしない。それどころか、胸を張って言い返した。
「たまたま1番上にあったから、縁起がいいでしょう」
その夜、はじめて祖父の話が出た
誰も返す言葉を持っていなかった。反論しようとして、みんな途中で止まった。言われてみれば、七福神はたしかに縁起物だ。
父がようやく口を開いた。
「いや、そういう日じゃないだろう」
ところが、そこまで言って父のほうが先に吹き出した。つられて、みんなが笑いはじめた。母は笑いながら、目のふちを指で拭いていた。
笑っているのか、そうでないのか、たぶん本人にも分かっていなかったと思う。ひとしきり笑ったあとで、伯母が言った。
「おじいちゃん、これ見たら喜ぶわ」
それでまた、全員が笑った。誰かが笑うと、また別の誰かが笑い出した。妹は最後まで、悪いことをしたという顔をしなかった。
その夜になって、はじめて祖父の話が出た。祖父も派手なものが好きな人だった。若いころに着ていた服の話、旅行先で買ってきた土産の話。どれも、笑いながらでないと出てこない話だった。朝からずっと、誰も祖父の話をしていなかったのだと、そこで気づいた。
法事のたびに、誰かがあの日の話を持ち出す。妹は毎回、同じ顔で「縁起がいいでしょう」と言う。
悲しい一日だったはずだ。それなのに、その日のことでいちばんよく思い出すのが笑った場面なのは、妹のおかげだと思っている。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた20代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














