「話すネタもないし、今回は来るのやめてもらえる?」再婚した新しい母。縮まらない距離に泣いた
仏壇の置き場所
実の母を病で亡くしたのは、小学校を卒業する直前だった。父が再婚相手を紹介したのは私が高校生のときで、入籍は私が二十歳の年。新しい母となった継母は、自分さえ良ければそれでいい、という人だった。
父が建てた家を初めて訪ねた日のこと。リビングには、継母が連れてきた前の夫の、立派な仏壇が据えられていた。彫りの入った、見るからに豪華なものだった。
では、私の母の仏壇はどこに置けばいいのか。そう尋ねると、継母は前夫の仏壇の横の、わずかな隙間を指さして、こともなげに言った。
「お母さんの仏壇、この隙間にでも」
あっけに取られて、言葉が出なかった。前の夫には豪華な仏壇、私の母には壁際の隙間。あまりに露骨な扱いの差だった。
「……そう、ですか」
それだけ返すのが精一杯だった。父との空気を壊したくなくて、私はそれ以上、何も言えなかった。隣で父は、何も気づかないようにテレビを見ていた。
「ここなら邪魔にもならないでしょう」
継母はそう付け加えて、満足げにうなずいた。私の母は、この家では隅に追いやられる存在なのだと、その一言で思い知らされた。
手元で守り続けて
結局、母の仏壇をあの家に置くことはしなかった。母を見送ったときから、その仏壇はずっと私が手元で守っている。
父は八十歳を過ぎ、心臓を悪くして歩くのもやっとになった。会いに行きたいと電話をすると、父は喜んでくれる。けれど後日、継母から連絡が入る。
「話すネタもないし、今回は来るのやめてもらえる?」
父に確かめた様子はない。実の娘が弱った父に会うことさえ、継母の一存で何度も断られてきた。
「次に会うのは、棺の中の父かもしれないんです」
そう伝えても、継母は眉ひとつ動かさなかった。
「あなたはお父さんと、年1回でも会えばいいのよ」
声にならない抗議
継母は、自分の実の息子とは月に一度会っているという。それを「宝物の時間」と呼んで、うっとりしていた。私と父の時間は、年に一度で足りるらしい。
抗議したくても、喉の奥がつかえて声が出ない。結局、強く言い返すこともできないまま、時間だけが流れていく。
母の仏壇に手を合わせるたび、父の顔が浮かぶ。あと何回、あの声を聞けるのだろう。受話器を取っても、また継母に断られる場面ばかりが頭をよぎって、指が止まってしまう。
「お父さんに、会わせてください」
心の中で何度もそう叫びながら、私は今日もインターホンの前で、断られる覚悟をしている。
母を亡くした日から手元で守ってきた仏壇と、会わせてもらえない父。
釈然としない思いと、我慢出来ない涙が溢れた。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














