「今度は、お子さんのほうを見てあげてください」入学式でおしゃべりが止まらない保護者。だが、先生が注意した結果
開式を待つ間に、始まっていた話
娘の入学式の日、体育館には朝の冷気がまだ少し残っていました。私は保護者席のパイプ椅子に座り、開式を待っていました。
前の列から、楽しそうな話し声が聞こえてきます。
「そのバッグ、素敵ですね。どちらのですか?」
「これですか?今日くらいしか使う機会がないから、久しぶりに出してきたんです」
最初はそんな軽い会話でした。
けれど、かばんから指輪、コートへと話題が移り、そのうち「どこで買ったのか」「いくらくらいだったのか」という話になっていきました。
受付でも似たようなことがありました。
名簿に名前を書いていると、近くにいた保護者が私の手首を見て声をかけてきたのです。
「その時計、かわいいですね。どちらのですか?」
「これですか?母から譲ってもらった古いものなんです」
「あ、そうなんですね。素敵ですね」
渡り廊下でも、別の人から同じ時計について聞かれました。
悪気があるようには見えません。ただ、私は少しだけ疲れていました。
娘が中学生だったころにも、保護者が集まると似たような空気になることがありました。
中学3年だった前年、修学旅行の話題になったときもそうでした。海外へ行くかどうかで家庭ごとに事情が違い、娘はそういう話になると、いつの間にかその場を離れることがありました。
子どもに気をつかわせているのは、案外、大人のほうなのかもしれない。
そんなことを考えている間も、前の列では持ち物の話が続いていました。
先生が口にした、同じ言葉
開式が近づくと、担任の先生が名簿を手に、保護者席の前と体育館の入口を行き来し始めました。
前の列では、まだかばんの話が続いています。
先生が近くを通ったとき、一人の保護者が自分の服を見ながら笑いました。
「入学式って、親まで何を着ていこうか迷いますよね」
先生も笑って答えました。
「分かります。でも今日は、制服が主役ですね」
周りから小さな笑い声が上がりました。
それが1度目でした。
少しして、先生がまた入口の様子を確認しに戻ってきました。
今度は近くの保護者が、「制服、少し大きめに買いました?」と隣の人に話しています。
先生がその声を聞いて、思い出したように言いました。
「そうそう。今日は制服が主役ですね。まだ袖から指先しか出ていない子もいましたよ」
「うちもです。昨日、袖を折るか迷いました」
「うちはズボンがまだちょっと長くて」
それまで持ち物の話をしていた人たちも、いつの間にか子どもの制服の話をしていました。
2度目でした。
やがて体育館の外から、子どもたちの足音と話し声が聞こえてきました。
先生は名簿を閉じると、入口を見てから保護者席へ向き直りました。
「そろそろ入ってきますよ」
そして少し笑って、こう続けました。
「今日は制服が主役ですね。今度は、お子さんのほうを見てあげてください」
3度目でした。
それまで続いていた話し声が、すっと止まりました。
保護者席の視線が一斉に入口へ向きます。
真新しい制服を着た子どもたちが、少し緊張した表情で体育館へ入ってきました。
私も娘を探しました。
少し大きめの上着を着て、前の子について歩いてくる姿を見つけた瞬間、それまで誰がどんなかばんを持っていたのかなんて、もう気になりませんでした。
式が終わり、昇降口へ向かっていると、隣に座っていた保護者が私の横に並びました。
「先生、同じこと3回言ってましたよね」
私も笑いました。
「やっぱり数えてました?」
「数えちゃいました。最後は、ちょっと効きましたね」
「私も、あれで前を見ようって思いました」
その人は「じゃあ、また」と手を上げ、自分の子どものところへ歩いていきました。
次の参観日にも、保護者同士で持ち物の話になる場面はありました。
でも私は、無理に話を合わせなくてもいいと思えるようになっていました。
誰が何を持っているかより、その日、娘が教室でどんな顔をしているのか。
私には、そのほうがずっと気になることでした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














