義母「この子、おばあちゃんの生まれ変わりよ」と0歳児を別人の名で呼ぶ義両親。理解してくれない私が決めた選択
あやすたびに呼ばれる別の名
生後半年の娘を連れて、夫の実家を訪ねたときのことです。
娘を抱いた義母が、満面の笑みでこう言いました。
「この子、おばあちゃんの生まれ変わりよ」
義母が口にしたのは、数年前に亡くなった夫の祖母の名前でした。娘の名前ではありません。私は一瞬、自分の聞き間違いかと思いました。
「あの、この子の名前で呼んでもらえると……」
そう頼んでも、義母には響きませんでした。むしろ嬉しそうに娘の頬をつついて、また祖母の名を呼ぶのです。
娘は大人にかまってもらえてご機嫌で、きゃっきゃと声を上げて笑っていました。
その光景を、義父も隣で目を細めて眺めていました。二人にとっては微笑ましい時間なのでしょう。
でも私には、我が子の上にいない誰かの面影を重ねられているようで、落ち着かない気持ちが胸に残りました。
盲信のはじまり
ことの発端は、私の妊娠中にさかのぼります。
義両親が長年信じているお寺の住職が、ある日こう告げたのだそうです。
生まれてくる子は、亡き祖母の生まれ変わりだ、と。ちょうど祖母が亡くなった頃と、私の妊娠が重なっていただけのことでした。
「ただの偶然だと思います」
そう言った私に、義両親は少しも疑問を持ちませんでした。
自分たちに都合のいい解釈を、まるで真実のように受け止めていたのです。その盲信ぶりが、正直に言えば怖いほどでした。
娘が生まれてからは、その思い込みがそのまま日常に持ち込まれました。義父が抱けば「おばあちゃんが帰ってきた」、娘が笑えば「おばあちゃんが笑ってる」。
娘はまだ言葉も通じない0歳です。大人が相手をしてくれるから笑っているだけなのに、二人にはそれが亡き人の微笑みに見えているようでした。
関わらないという選択
帰り道、夫にそれとなく相談しました。
「あの子のこと、ちゃんと名前で呼んでほしいんだけど」
夫は「親も悪気はないから」と言葉を濁すばかりでした。両親を信じる気持ちと、妻の戸惑い。その板挟みで、夫もどうにもできずにいたのだと思います。
何度伝えても、義両親の捉え方は変わりませんでした。我が子が我が子として見られず、別の人として扱われる。その違和感は、日を追うごとに大きくなっていきました。
今、私は義実家とほとんど連絡を取らず、できるだけ距離を置いて暮らしています。娘の名前を、毎日きちんと呼んであげながら。
この子はこの子なのだと、それだけはずっと守っていきたいのでした。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、20代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














